の次に向かった、豊川稲荷東京別院。
赤坂見附の交差点を左に曲がるのだが、曲がったその道は青山通り。
同行者は交差点の横断歩道を渡ってから青山通りを進もうとしたのに、
私が面倒がって、渡らずに左折。
緩めで長い上り坂だ。
坂を上ってる最中に、豊川稲荷は道の反対側だと気が付いた。
だから交差点を渡りたかったのか。すまぬ。
青山通りは道幅が広いから、渡るには歩道橋か横断歩道でないと轢かれてしまう。
しかし、こんな時に限って歩道橋が補修工事で通行不可だ。
少し余計に歩くことになるな、と思いながら、ふと道沿いのビルを見ると、
見上げるような山車が展示されている。一番上に大きな人形が立っている。
このビルは、国際医療福祉大学。
エントランスのガラス張りの展示スペースに、山車が常設されているとのこと。
説明を読むと、これは赤坂氷川神社の山車。え?
どうも、神社境内にあった山車だけでなく、
こちらの山車も赤坂氷川神社のもので、赤坂氷川祭で巡行されるらしい。
てっぺんの黒髪黒ひげぼうぼうの人形が、こちらを見下ろしていた。神武天皇だったかな?
これは、道を渡らなくて良かったんでないかい?
渡ってたら気が付かなくて見られなかったもの。
同行者も知らなかったと言う。
しばらく鑑賞してから歩を進め、赤坂警察署前の交差点で横断歩道を渡ることができた。
渡ったらそこが豊川稲荷で、そこからも入れるのだが裏口になるため、
正面まで少し道を戻って、表の入口から参詣した。
豊川稲荷は、寺である。
正式名称を 豊川閣妙厳寺 という。
神道の稲荷社でお祀りしているのは、うかのみたまのかみ(宇迦之御魂神・倉稲魂神 等)だが、
仏教では、だきに天(荼枳尼天・吒枳尼天 等)である。
(だからこういうのはお参りする方も困るんだ)
そのだきに天も、手に剣を持ってるのと稲穂を持ってるのとでお姿が異なる。
こちらは稲荷なので、ご真影では稲穂をお持ちだ。
お祀りしているのは 豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)。
お参りした日は年に3回行われる大祭の日で、
なかなかの人出だった。
楼門の小ぶりさに惑わされてはいけない。
くぐればそこは、まるで稲荷のテーマパーク。
〇〇稲荷、と名の付く摂社がひしめいている。
それだけではない。
大岡越前守忠相氏の御廟があり、
境内の中で七福神巡りができ、
七福神の弁財天の所では銭洗いもでき、
奉納された無数のお狐様コーナーがあり、
人の等身大くらいの身代わり地蔵様がいて、
大きな子宝観音様もいらして、
子宝観音様の後ろの植え込みには、花の中3トリオから花の高3トリオとなった3人が、卒業記念に植樹した木が生えているのだ。
え、花の何?という人は、昭和のアイドル史を自分で調べてもらうとして、
誰が何の木かというと、
山口百恵氏が山茶花、桜田淳子氏が木蓮、森昌子氏が泰山木だった。
どういうチョイスでそうなった?
とにかく盛りだくさんである。
盛りだくさんさが分かったのは、一周りしてからだが。入った時には想像もつかなかった。
まず手水舎で手と口を清めて、本殿へお参り。
この手水舎、今どきは見なくなった鬼瓦が使われている。珍しいな。
お寺だから、ろうそくとお線香の奉納もあり、
お線香の香りで気持ちが落ち着く。
お参りはかしわ手なし。手を合わせて拝むだけ。
けど、うっかり二拍手しても咎められまい。
本殿お参り後は、それぞれの社を周った。
まずは融通稲荷。財宝を生む尊天様が祀られ、金銀を融通してくれるとのこと。
お社には、三方に並べられた黄色いポチ袋があり、
融通金と書かれている。
なんと、参拝者は全員無料で持ち帰れるお守りだ。
太っ腹な、と思い説明を読むと、
1年間財布に入れておき、1年後にまたこちらに納め返すようで、それはお借りする感覚に近いのかな。
脇に融通金納所もあった。
袋の中にはお清めした硬貨が入っているとのこと。
決して借りパクしないように。
融通稲荷と本殿の間に道があり、
その奥にもお宮がある。
が、長くなったしこの後も長いので、
また明日。
続く