綴ルンです

思ったことを綴っただけさ

上から目線

て言葉が市民権を得て久しいし、

私も使ってきたのだが、

あまりの使われっぷりに、近頃疑問を持つようになった。

要は「エラそうに」ってことだよね。

けど、言ってる内容に一日の長でもある相手なら、

そりゃエラそうにも言うでしょう。

「エラそうに」ってのも、言われた側の主観だし。

言った側が明らかに小バカにしてきたり、頭ごなしに物を言ってきたら、それは腹も立つけどさ。

そういう態度じゃなく、諭しているのすら、

「上から目線」と言ったりする。

じゃあどんな言い方ならいいんだろ。

そんなに横並びでないと気が済まないのか?

これまでに経験したこと、体験したこと、得ている知識や知恵、ものの考え方、どれをとっても

誰のものも横には並べられないのに。

それとも、自己肯定感の低さの裏返しなのかな。

自分で自分を貶めてるのに、

ちょっと人から下に見られたと感じたら、

「上から目線だ」と攻めてきたりする。

精一杯尊重して話をしてるのに、その一言で壁を作られたら、

それ以上何を言っても受け取られない。

だからって、こちらがへりくだるのも違うし。

 

話題になったドラマ『不適切にもほどがある』の最終話では、

「♪寛容になりましょう」と寛容音頭が歌われたが

どこからの目線であっても敵意がないものなら、

それこそ寛容に、受容の幅を広げてよ。

いちいち引っかかってしまうの、自分も苦しくないか。ずっと心がささくれて。

バカになんかしてない。敵意も悪意もない。

話をしたいだけ。

「上から目線」を乱用するなら、

気まずい雰囲気回避のために参考として、

どう言ってもらいたいのか教えてくれない?

もっとも、その通りにするとは確約できないけど。

 

人に「上から目線」と言ってきた人は、

人から「上から目線」と言われたら、

次からどう会話するんだろう。

「お互いさまだね」って笑って、

話し方にアンテナ立てず、流してしまえれば、

気持ちは穏やかでいられるし、見える世界が広がる

ように思うんだけどな。

「食と農」だけじゃない

もやしてかもして - 綴ルンです

企画展を見に行った、

東京農業大学「食と農」の博物館。

せっかくだから常設展も見なくちゃね。

まずは1階を歩き回ると、

バイオリウムという温室の入口があった。

そちらへ入る手前に、スナネズミの展示が。

たっぷり過ぎるほどのチップ(木くず)と裁断乾草に埋もれて寝る姿がかわいい。

大きさはゴールデンハムスターくらいだろうか。

キンクマハムスターの方かな。

細長い尻尾の先まで毛が生えてるのも何かいい。

近くの壁には、シーラカンスの模型があったが、

あまりのデカさに一瞬ビビった。

マグロと同じくらいだから、そこまでビビることもないんだけど、

顔が怖いし鱗デカいし妙に不気味だし。

 

それらを眺めてバイオリウムへ。

動物園のニオイがするな、と思ったら、

ケヅメリクガメという大きなカメが、すぐ目の前の床にいて、自分のフンをメッチャ踏み潰していた。

その奥にはキツネザルが数種類。

こちらではレムールと表記されていた。

うち1種はワオキツネザル、のはず。

バイオリウムの中は高温多湿を保ってるようで、

ランの花が咲いていたり、水辺が作られていたり。

けど、目立ったのは何種類もの多肉植物

葉が花のように広がるもの、ゴツゴツと岩のようなもの、うねるもの、色も緑、紫、灰色など、

姿形がこんなに多様だとは知らなかった。

もちろんサボテンもあった。それも大きいのが。

入場無料、予約不要だからか、

小さな子どもを連れて遊びに来ている家族も何組か見かけた。

 

バイオリウムを出て、

日本の農業の発展に欠かせなかったリンの説明と、

世界のリン鉱石の展示をザックリ眺めて、

階段を上り2階へ。

するとまあ、ニワトリの剥製標本がいっぱい!

原種の赤色野鶏は はずせないにしても、

肉や卵を取るための品種、観賞用の尾長鶏、美しい鳴き声の東天紅 他、闘鶏のための軍鶏も複数種、飼いやすく鑑賞もできる様々な羽色の矮鶏(チャボ)。

よくこれほど集めたなあ。

烏骨鶏もいた。

それで、外に巨大なニワトリ像なのか。

世界最大級の軍鶏とか、生きて目の前にいたら絶対怖い。あの太くて鋭い蹴爪に引っ掛けられようものなら、きっと血が噴き出して止まらんわ。

などと想像して1人で身震い。

何たって 爆走!妄想族★ なもんで。

それと、世界中のニワトリグッズコレクションのコーナーもあった。

集めた人、よっぽどニワトリ好きなんだな。

 

農大卒生がいる蔵元の日本酒瓶の壁展示を軽く見て

日本の酒器コーナーへ。

もはや骨董品の域だ。

年代、地域、素材、海外への輸出向けなど、

見事な工芸品の数々。

その時代に描かれた絵の展示もいくつかあった。

また酒器コーナーの一角に、

昔ながらの日本酒の作り方を和紙人形で再現したミニチュアが展示されており、

これが稲の収穫から始まって、日本酒を醸して、

祝言の席で皆で楽しむところまで再現してたのだが

人形も稲も道具も酒器もお膳も何もかもが和紙。

細かく丁寧に作られてて、とても素晴らしかった。

 

最奥には古民家の家の中を実寸で復元したものと、

昔の農具の展示。

古民家の土間をニワトリがうろついてたり、

向こう側からタヌキが顔を出していたりと、

ほっこり演出がおもしろかった。

中に入れたらもっといいのにな。

まあ、荒らす人もいるだろうからムリか。

 

上ったのと違う階段を下りたら、バイオリウムの前に出たので、

先ほどは通らなかった産学連携コーナーへ。

研究が実用化された事例をいろいろ見られる。

この中に将来光り輝く原石があったかもしれない。

 

最後に、外の巨大なニワトリ像の説明を読みに行った。

彼(だってトサカがオス)の品種は ナレースワン大王鶏。

タイの軍鶏である。

ナレースワンとはアユタヤ王朝の19代目の王様で(第21代という説明もある)、

ビルマミャンマー)の属国だった自分の国を独立させた人だ。

囚われの身だった幼い頃、ビルマの副王と戦況を占う闘鶏をしたら、ナレースワンのニワトリが勝った。

長じて独立を果たしたことから、闘鶏はナレースワンの象徴となり、

そのため現地では、ナレースワン大王鶏のグッズは縁起物であるらしい。

そうなんだ。色合い的に赤色野鶏かと思ったよ。

私もいいかげんだな。

 

「食と農」は稲作中心だった印象なので、

もう少し農の幅が広がった展示も見てみたいな と

勝手なことを考えながら、博物館を後にした。

とはいえ無料で楽しく過ごせました。

ごっつあんです。

もやしてかもして

先日訪れたのは、

東京農業大学「食と農」の博物館。

醸造科学科展『JOZOOー醸造と発酵のせかいー』

という企画展示がおもしろそうで、

加えてこの博物館は、常設展は元より企画展でも入場無料なので、

日本ご飯 - 綴ルンです

の時の友人を誘って一緒に行った。

なお会期は4月6日までなので、ブログを書いてる今の時点で終了している。

訪れたのが最終日だったから、当日書いたって終わってたわけだが。

桜の町 桜の宮 - 綴ルンです

に書いた別件とはこのことで、

こちらの方がメインである。文章化は遅くなったけど。

 

「食と農」の博物館は、東京農業大学のキャンパスと馬事公苑の間にある。

巨大なニワトリの像が目印だ。

博物館の建物は、建築家 隈研吾氏のデザインで、

そういや中に隈氏に関するコーナーもあった。

とりあえず入ると、受付の隣にナギナタナマズの生態展示。体が大きいから水槽が狭そう。

 

さて、企画展である。

入ると、木桶から日本酒が発酵しているプチプチブツブツという音が聞こえる展示。

合成ではなく、実際に録音したものだ。

隣の三面スクリーンでは、酒造会社の協力を得て日本酒造りの全工程を映す。

別のところでは、パソコンのモニターとタブレットを連動させて、

麹菌、酵母、乳酸菌の電子顕微鏡画像いろいろが見られる。

これがちょっと、画像によっては、

本気の集合体にトリハダが。特に麹の胞子嚢。

他にソーセージみたいな納豆菌もあってほのぼのしたり、丸っこい酵母がかわいらしかったりもしたんだけど。

ちなみに大きさの違いだが、

麹菌はカビの仲間なので、肉眼で見える。

が、酵母と細菌は見えない。

画像では、麹菌の菌糸に酵母がコロコロとくっつき、酵母にチョロチョロと乳酸菌がまとわりついていた。菌、小っさ!分かっちゃいたが改めて。

麹といえば、今世間では事故を起こした紅麹が連日のニュースになっているね。

日本人は昔から、その麹と仲良くやってきた歴史も解説されていた。

もっと言うと、麹菌って日本独自のもので、

日本の国菌だ。国菌て何だよ知らなかったよ。

東〜東南アジアにしかいないようで、

自然界だと弱いから他のカビに負けて、繁殖しないらしい。へえ。

そんなのよく見付けて使い続けてきたなあ。

それから、国内世界問わずあらゆる発酵食品が並べられていた。

実物ばかりではなく、蝋細工で作られたものも。

しょうがないよ。パンは置いておけばかびてしまうし、世界一危険な缶詰であるスウェーデンシュールストレミングは、どうしたって実物の展示ができない。これ中身のレプリカ作るの大変だったろうな。涙と吐き気が止まらなさそう。

その意味では、くさやもレプリカだった。

発酵調味料の種類も、魚醤だけで何種類あったか。

チョコレートはカカオ豆を上手に発酵させなければ、質の良いチョコにならない。

コーヒー豆も然り。この辺りはまったく知らずに、普段その恩恵を受けている人が大多数だろう。

私の好きな沖縄の豆腐ようは、まさに話題の紅麹を使った食品。

生ハムだって発酵させて熟成を待つ食品。

あ、かつお節もか。

と、こうして書いてたらキリがない。

もう、あれもこれもそれも、みーんなまとめて、

発酵のおかげなのよー!

と、両手を広げてとびきりの笑顔で誰ともなしに言いたくなってしまう。

なお一緒に行った友人は、たまご焼きでも焼くかのように何でもなく手作りパンを焼く人なのだが、

生地を発酵させるのに、自分で酵母を起こしてそれを使う、私に言わせれば発酵を熟知した人で、

この展示でも各種情報の補足をしてくれた。ありがとう!

 

日本で発酵といえば、味噌、醤油、日本酒、納豆が代表格だろうが、

全体的に、麹と酵母と乳酸菌がフルキャストで活躍する日本酒造りに焦点を合わせていた内容だった。

だから、実際に使われていた酒造りの器具も展示。

触ることもできた。木製のかき混ぜ棒(櫂棒)の重いこと。なるほど腕力と体力で勝負の男仕事だね。

日本酒に使うのは黄麹

よく甘酒や手作り味噌を作るのに使う米麹は、蒸米に黄麹を生やしたものだ。

じゃあ、黄麹はどこから手に入れてるの?酒蔵ごとに育ててるの? というと、

種麹屋 という専門職がいるのだ。もやし屋 ともいう。種麹のことをもやしというから。

それは知らなかった。

けど考えてみたら、乳業メーカーがヨーグルトを製造する時も、種にする乳酸菌はその専門の会社から買ってるから、同じことか。

 

発酵と腐敗の違いは、微生物の作用が人にとって良いか悪いかである。

では、発酵と醸造の違いは?

展示によると、工程に米麹が絡むと醸造、とあった気がしたが、解説をメモりも写真撮りもしなかったから、心もとない。しまったな。

ので検索すると、発酵を応用したものが醸造だと。

微生物の働きで、糖からアルコールや炭酸ガスが生成されたり、乳酸菌なら乳酸が生成されたり、タンパク質や脂肪が分解されたりするのが発酵。

それを利用して、お酒や調味料や食品を作るのが醸造、とのこと。

なんだけど、パンや魚醤は醸造するとは言わない。

かもしてつくる が醸造なので、かもすで調べると

どうやら麹があっての「かもし」らしい。

だから、お酒や味噌や醤油が「醸造」なんだな。

日頃からずーっとお世話になってるし、楽しんでもいたのに、

全然分かっていないことだらけだった。

でもって、先人の知恵ってすごいなーと、

何度もうならされたのだった。

最後は、最新の研究にどのように生かされてるかの紹介。

眠くてあんまり覚えてない(←失礼)。すみません。

 

企画展示のフロアはそんなに広くはなかったのだが

情報量がみっちり詰まったおもしろい内容だった。

その後、この博物館の常設展を見てまわったのだが

それはまた後日。

嵐の後で

花散らし花嵐 - 綴ルンです

昨日の天気に負けなかった桜が、

思ってたよりとても多くて嬉しくなった。

台風一過のごとき青空を背にして、

一本立ちの大木も、

桜並木のトンネルも、

まだまだ美しく楽しめた。

あの嵐を耐え抜いて咲いているんだと思うと、

一層 晴れがましくきらめいて見える。

時折風が吹くと、桜吹雪に見舞われて、

今年も春の盛りが過ぎていくのを感じた。

一年のうちのたった10日足らずのために、

これでもかと桜を植えてる日本人。

愛でてしまうのは理屈じゃないよね。

 

一重の桜が散りゆく頃に、

八重の桜が開き始める。

牡丹桜ともいうらしい。風雅な名だね。

モリモリと咲く八重桜の量感は頼もしい。

花なのに、たわわに実っているかのよう。

ハナミズキも咲き出して、春も後半に入った。

ツツジやサツキの生け垣が、緑一色から鮮やかに色を変えてきて、

シロツメクサの群生がムクムクと膨らんできた。

小手毬はもう少し先だろうか。

春は、花の咲く時期を追いかけているのが楽しい。

 

荒れた日を知ってるから、

穏やかな日の過ごしやすさがありがたい。

どんな天気でもそこにいるしかない野の草木は、

大地とつながり天を受け取る強い生き物だと

しみじみ思った一日だった。

花散らし花嵐

花嵐」という言葉がそも

「桜の花が咲く頃に吹く強い風」という意味なので

タイトルは 頭痛が痛い ばりにダブっているが、

花嵐だけで検索すると、その題の歌やアニメ画像が出てくるので、そちらにあらずということで。

 

強風なんてもんじゃない。

今日の暴風雨は、朝から台風襲来の様相。

せっかく咲いた桜の花を散らすから、花散らしの雨とか花散らしの風とかいうけど、

花びらどころか花本体ごとふっ飛ばされてるよ。

どこかの足場はまた崩されてさ。

この頃、風が異常に強い日が多くないか。

私も何度ブログに書いたことか。振り返る気もしないけど、毎回同じこと書いちゃうわ。

配達や外仕事する人はどれだけ大変だろう。

暴風だけでもしんどいのに、横殴りの雨まで。

しかも、午前中はまだ暖かかったけど、

昼くらいからガンガン寒くなっていってて。

荒れた天気、1日の気温差、さらに昨日と比べての気温差。

傘が役に立たず、駅の入口で立ち止まってるだけでも全身ずぶ濡れ。

通勤・通学するだけで疲れ果てるよね。

今日頑張った方々は、ぜひ自分にご褒美を。

 

こんな凄まじい雨風なんだから、

花も散り敷くことだろう。

それでも咲き残ってる桜もあるんだから、

どうしてどうして しなやかにしたたかだね。

花嵐に花冷えも相まって、

濡れて冷えてと体力は消耗するけど、

気の持ちようは かくありたし。

わけは知らねど好きなもの

昨日のブログで、なぜか好きな花のことを書いた。

花々が春本番 - 綴ルンです

「こういうことがあって好きになった」という理由が見当たらずに好きなものは、他にもある。

古い、または古そうな建物がそうだ。

江戸期以前の木造建築はもちろんだが、

それ以降、昭和中期くらいまでのコンクリート製の建物も、物にもよるが見入ってしまうことが多い。

旧街道沿いなどは昔の建物がまだ残ってるので、

通りながらキョロキョロし通しだ。

目は忙しいし首は痛くなるし地元の人に不審がられるし、でも止められない。

25〜30年ほど前になるだろうか、国道1号線すなわち東海道を、神奈川から東京駅まで通った時は、

「今でも街の移り変わりが激しいだろう国道の両側に、まだこんな古い建物が残ってるんだ」

と嬉しくて、飽きなかった。

あの時見た建物、今はもうないだろうな。

 

近代の建物だと、まず外観がしゃれている。

何でもない窓枠や飾りの柱にも、細やかな装飾が施されている。

直線的なアールデコ調、流麗な曲線のアールヌーボー調にはそれぞれの美しさがあり見惚れてしまう。

皇居周辺や銀座のビルにはまだあるんだよな。

そんなところ誰が見るの、と思うほど高い所の外壁に装飾を見付けた時は、

手元にオペラグラスがないことを悔やんだ。

あとは東京国立博物館の建物。特に本館と表慶館は外も中も、階段やドアノブすら、いちいちため息が出る。黒田記念館も外見はいい感じだけど、入ったことないな。

 

近世以前では、観光名所になってるところで楽しむこともある。

倉敷の美観地区、白川郷五箇山の合掌造り集落、各地の宿場町、川越の一番街商店街、佐原の町並み保存地区などは、その周辺にも昔の建物が残されていて浸れる。観光用に整備されてて歩きやすいし。

(しまった、行ったことのない場所も書いちゃった。まあ観光地の例として)

が、私が最も胸を掴まれるのは、

地元民の生活道路にもなっている旧街道に見られる

昔の家屋の名残だ。

入母屋造の大きな農家とか、

かつて商店を営んでいたと思われる厨子二階(つしにかい、と読む。ずしじゃないんだ)の大きくはない建物。

特に厨子二階の建物は、見付けるとなぜか嬉しくてたまらない。

入口の軒のすぐ上に、二階の屋根が迫っているのに

横から見ると一重の切妻屋根。

中がどうなってるのか見てみたいくらい何も知らないけど、

建物の造形だけで、何だかとても懐かしい。

住んだことないんすよ。少なくとも今生では。

もしかしたら、今生以前にも住んではおらず、

憧れを持って眺めていたのかもしれない。

よく文化財として『〇〇家住宅』などあるが、

あれはあれで興味深いけど、整えられてるせいか、

それほどそそられないんだよな~。

いつ取り壊されるか分からない、何でもない民家がいいのだ。

 

神社や寺院が好きなのも、

どうしたって古い建物が多いからなのかなあ。

見る専門で、建築を学ぼうとは思わないけど、

知らなければ知らないなりに感心できるものがあるのも、おもしろい。

たぶん、建物から、

人の営みを感じたいのかもしれない。

なおそんな私は、小金井市江戸東京たてもの園をまだ訪れたことがない。

建物好きなら行かなきゃじゃんよ。何やってんの。

今から今年の目標に入れておこ。

花々が春本番

暖かくて春らしい陽気。

午後から青空も広がった。

満開の桜の下で、お花見を楽しんだ人もたくさんいただろう。

天気予報がはずれて嬉しいのはこういう日。

 

桜ばかりが話題に上るが、

辛夷(コブシ)や木蓮、桃や木瓜(ボケ)もまだ咲いているところを見る。梅はさすがに終わり頃。

見上げる花もすてきだし、見下ろす花もすてきだ。

雪柳は白い腕を思うままに伸ばして、

沈丁花は香りで居場所を告げてくる。

花壇が設えてあるところには、黄色や紫や白のパンジーが一面だったり、

チューリップやアネモネが寄せ植えされてたり。

道端にも役者がそろった。

スミレ、タンポポカタバミハコベナズナカラスノエンドウオオイヌノフグリホトケノザ春の七草じゃない方)。

先日、花の形がオオイヌノフグリとそっくりで大きさが半分の、赤紫の極小の花を見つけた。

たぶん、イヌノフグリ。近くにいたんだ。

春告げ草 - 綴ルンです

それから、薄紫の花弁にセンタープレスのような筋が走るハナニラ

オオアマナ(オーニソガラム)とよく似ていて、間違えたことがある。

名前にニラとあるけど、毒があるから食べちゃダメ。でもかわいくて清々しい花なのだ。

あと花じゃないけど、蓬も茂ってきた。

 

ただ、一番好きな花をまだ見られていない。

子どもの頃から好きなその花は、

名前がたくさんある。

花大根、と最初は覚えた。

次に、諸葛菜というのを知った。音も字面も無粋でイヤだと思った。

そして、オオアラセイトウというたいそうな名を知った。大紫羅欄花と書く。読めないって。

アラセイトウって、新川和江氏の詩『わたしを束ねないで』の1行目に出てくる花だよね。

そういえばどんな花か知らないな、と調べたら、

ストックという名で覚えていた花だった。

花の形も付き方もずいぶん違うよ。オオと付けて仲間にまとめちゃうの?

イヌノフグリはまだ類似性があったよ。

最初に覚えた「花大根」が素朴でいいな。

群生していることが多くて、

朝方や曇り空がよく似合う。

青空や陽の光は似合わないと勝手に思ってる。

まとう空気が春の霞を醸し出すようだから。

けれど、決まって咲く場所をまだ見つけられない。

いや、見つけられなくていいのかも。

もし見つけたら、時間を忘れていつまでもぼーっと見てしまうから。

わざわざ鑑賞されるような花ではないのに、

何でこんなに惹かれるんだか。

好きに理由はいらないか。

 

雑草、と一絡げにしなければ、

それぞれ個性を見せてくれる。

春は、何でもない草花も楽しい。

桜の町 桜の宮

時期を狙ったわけではないのだが、

今年のソメイヨシノは咲くのが遅かったから、

たまたまちょうどよいことになった。

東急田園都市線桜新町という駅の近くに、

桜神宮という神社があり、

そちらへお参りをしてきた。

 

元々は別件でその近くを訪れることになり、

(別件についてはまた後日)

行く前に、周辺に神社はあるかな、と調べてみた。

そしたら桜神宮が出てきたのだ。

最寄り駅の名も桜新町で、時期も桜の満開だ。

桜尽くしで行かずしてどうするよ、と、

別件に一緒に行った友人を誘って行ってみた。

 

近付くと、道沿いに行列ができている。

最初は隣接している幼稚園の入園式でもあったのかと思った。

が、行列の先頭は鳥居の奥のようだ。何これ?

お参りに並んでいるの?

ふと、昨年末に訪れた穴八幡宮の行列を思い出し、

年の瀬の神社行脚 3 - 綴ルンです

列に並ばず鳥居をくぐると、

案の定、参道の方は参拝者が自由に行き来しているのを見て、行列の理由が分かった。

御朱印待ちだわ。

 

ならば、お参りに直行だ と、

手水舎で清め、拝殿前へ。

こちらも少し並んだが、御朱印の列に比べれば全然すぐだ。

このお宮は、ご祭神がたくさんいらっしゃる。

書き切れないので、詳しくは桜神宮さんのホームページを見ていただきたい。

古式神道 桜神宮

参拝は、ニ礼四拍手一礼。

拍手を4回するのは、他に出雲大社宇佐神宮新潟県彌彦神社がある。

桜神宮は古式神道に則っており、ご祭神に伊勢神宮の神様もおわすので、

てっきり伊勢神宮の参拝も四拍手かと思ったが、

調べてみると、一般の参拝者はニ礼二拍手一礼でよいとのことだった。

社殿を見上げたところにある彫刻がいずれも見事で

鳳凰の背に老人姿のどなたかが乗られてる珍しい彫刻や、

猛々しくも繊細な彫りの龍、

鳳凰と龍の間に、2人の人の姿が彫られていたりと、

(人ではなく神様なのかな?彫刻の説明がほしかったな〜)

できることなら眺め倒したかったのだが、

他の参拝者のジャマになること必至のため、あきらめた。

お宮の名前に桜とあるだけあって、

屋根の所々に桜の花の意匠が施されている。

 

ご挨拶の後は、拝殿前のベンチに座って、

友人とおしゃべりしながら過ごした。

さほど寒くなく、薄日も差してきて心地よい。

目の前の御朱印の列は進んではいるものの、

鳥居の外まで続いて途切れる様子はなかった。

場所柄なのか、デートスポットなのか、

若くてオシャレな人やカップルが多い印象。

レースの着物なんてハイカラな装いの女子もいた。

ベンチの斜め後ろは、四角く整えられた広場で、

広場の奥に白い祠が見えた。

が、この広場で白い作務衣の人たちが何やら作業をしていて、近付けない。

見ていると、四隅に細い竹を立て、縄で繋いで結界を張っている。

作務衣の人たちは、長靴を履いて広場と社務所を行ったり来たりと忙しそうだったり、

食塩と書かれた大きな袋を運んでいたりで、

何の準備をしているのか気になって、聞いてみた。

「明日、火渡りの神事があるのでその準備です。」

サイトによると、この広場は屋外神事斎場とあり、

境内の催事案内板ではその神事は九日とあったが、

サイトでは確かに7日の催行と書かれていた。

こんな街中で、火渡りやるんだ。できるんだ。

火渡神事御朱印というのもあるとのこと。

コレクターにはたまらんな。

てか御朱印って、本来コレクションするものじゃないんだけどな。

スタンプラリー チックになってきてないか。

しかし、神社やお寺にはそれも大事な収入源。

Win Winなら まあいっか。

 

人が多いし、背後は翌日の準備中だしで、思いのほか気が削がれたが、

改めて見回すと、銅板屋根の大きな灯籠が、満開の桜を背に美しく佇んでいて、そこだけ静かだった。

また来ることがあったら、もう少し落ち着いた時にお参りしたいな

と思いながら境内から退出したら、

御朱印の列はほとんど変わらぬ長さのまま、鳥居の外に延びていた。

裁縫蜂

タイトルは『ソーイング・ビー』の直訳。

イギリスのソーイングコンテストの番組で、

NHK Eテレで放送している。

始まった当初は夜9時からの放送だったが、

何シーズンか後に、夜10時からに繰り下がって、

それから見ていない。

時折休みを挟みながら、先月まで放送されていたようだ(シーズン6だったらしい)。

私はこの番組で、自分の価値観を恥じた。

 

これは視聴者参加型番組で、

イギリス中からソーイングの愛好家が集まって、

与えられた課題に取り組む。

最初は10〜12人で始まるが、

3つの課題のでき具合で、1人ずつ(時には2人)脱落していく。

集まったソーイング愛好家たちは、普段から服や小物を作っている腕っこきで、

老若男女そろっている。

経験の長い人が有利に思えるけど、

若い人のアイデアが光る場面もあって、

どんなものができあがるのか、目が離せなかった。

3つの課題は、パターン(型紙)、リメイク、フリーなんだけど、

テーマは毎回違うし、使う素材が決められてたりするし、何より時間制限がある。

時間内に完成させるのは、評価の最低条件。

だから、コンテストなのに出演者が自分と戦っている姿を毎回見る。

時にはお互いにやり方を聞くなど助け合ったりも。

全員応援したくなる。

できた作品を評価するのは、服飾のプロ2人。

この2人、課題に取り掛かっている出演者たちの様子を見て、

布地選びや、服に施すデザインなどから、どんなところにつまづきそうかを的確に推測する。

この懸念が的中することが多いのは、さすがプロ。

そうしてだんだん人数が減っていき、

決勝は3人で行って、優勝者が決まる。

トロフィーは小さなトルソーでかわいい。

決勝の時は、出演者の家族やここまでで脱落した出演者たちがやって来て、とてもにぎやか。

温かな雰囲気で、見ている方も何だか嬉しくなってしまう。

というのが、数年前まで私が見ていた内容。

今は違う部分があったらすみません。

 

で、出演者が課題のシャツやワンピースやパンツ(ズボン。念のため)を懸命に作って、

作品を評価されるのを見ていて、思った。

服作るのって、改めて、手間が掛かってるんだな。

中学高校と、家庭科の被服の時間でシャツやスカートを作ったけど、

布を切り抜くのも、ミシンに糸を通すのも、

何かを間違えそうで怖くて面倒だったな。

筒にした袖を身ごろの肩に縫い付けるのなんて、

布を回してる時にシワになって、あらぬところも縫い込んじゃいそうで、

ずっと緊張してたよな。

ソーイング・ビーに出てた裁縫好きの人たちですら

ズボンの課題でファスナーの前立てをうまく作れなかった人が複数いたよ。

服って、作るの大変なんだ。

 

なのに、いかに安く買うか しか考えてなかった。

 

安いってことは、作った人の労働を安く買ってるってことだ。

国内製ではなくメイドインアジアばかりで、その国への対価を日本の価値で測るのは、適当かどうか分からないけど。

んでこれがブランド品になると、一気にムリムリムリな高価格になるのも極端なのだが。

少なくとも、服の価格を安さばかりで追うのは考え直さなければならない。

だって、自分で作れないもの。

母の時代は服も自分で縫うのが普通だったようだ。

が、今自分で自分の服を縫うのは、仕事にしている人か仕事にすべく学んでいる人か趣味の人かだ。

 

ファッションには流行があって、

経済を回すために消費は必要なことだけど、

私は昔から流行に無頓着なおかげで、持ち服の寿命が長い。

ならば、適正と思える価格で服を買って、

長く着られるようにしよう。

そう気付かせてくれた番組だった。

シーズン過ぎたり売れ残ったりして安く服を買えた時はありがたし。

多少のほつれや縫い目の歪みなんて何でもないわ。

どけたマクラ その後

どけたマクラ - 綴ルンです

首肩の起き抜けのコリにより、それまで使っていた高くて固いマクラを止めてみたのだが、

ブログに書いて10日ほどで挫折した。

顔のむくみに耐えられなかったわけではない。

目覚めると、頭の下に自分の腕や手を置いていたり

端っこを寄せて小高くした毛布に頭を乗せていたりしたので、

頭が少し上がってる方が寝心地がいいんだなと分かったからだ。

しかし、平坦な状態にそこそこ慣れていたので、元の高いマクラには戻れない。

 

そこでまずは、タオルケットを適当に畳んでマクラの代わりにしてみた。

1週間足らず試したが、良くも悪くもないような、どこか物足りないような。

頭の位置は確かに上がっているはずなんだけどな。

なので次に、タオルケットの下に薄い毛布を畳んだものを置いて、2段にしてみた。

高さはずいぶん寝やすくなった気がする。

が、前より頭内爆発音症候群が起こるようになった気もする。

頭の中から音が - 綴ルンです

相変わらず爆発音はしないが、

お鈴のような金属音、もっと鈍い金属音、鍵盤ハーモニカのソとラが同時に鳴った音、木を打ち合わせたような音と、バリエーションが増えた。

気に病んではいないから、眠れなくなることはなくて、逆にちょっとおもしろい。

軽くビックリはするけどね。

マクラの試行錯誤による頭の位置と関係してるのかどうかは謎。

 

時々ブログで睡眠環境について書くから、

体調を心配してくれる人がいる。ありがたい。

でも、毎日困ってるわけではないし、

意外としっかり眠っているようなので、

ちゃんと健康だよーとこの場でお伝えします。

とりあえず、2段重ねのマクラ代わりを続けてみよう。

自分がこんなに睡眠環境に細かいなんて、

半世紀生きてて初めて自覚したよ。

それともこれも経年変化のうちなのかな。

だとしたらこの先も、何かしら出てくるんだろな。

楽しも。

おそれいりやの 3

おそれいりやの 2 - 綴ルンです

さて、鬼子母神の次に訪れたかった目的地。

小野照崎神社。

神社名の「小野」は、ご祭神二柱のうちの一柱である小野篁公から来ているのだろう。

「照崎」は、お社が下谷に遷る前にあった地名のようで、今の寛永寺 輪王殿の辺りらしい。

ここに小野篁公が暮らしていたとのことなんだが、

京都で嵯峨天皇に仕えていたんじゃなかったの?

隠居してからこっちに来たの?

遠路はるばる過ぎないか。

もう一柱のご祭神は、菅原道真公。

二柱のご祭神を表した紋は、

三つ巴と梅花が重なっている珍しい形だ。

 

災害による焼失や倒壊を免れた本殿は、

見ているだけでご利益をいただけそう。

(もちろん文化財としても貴重。なのだが、実は他にも同じように災厄を免れた社殿はいくつかある。

東京都区内でチョロっと調べてみると、

上野東照宮

根津神社

赤坂氷川神社

・山王稲荷神社(日枝神社境内社

は、関東大震災もその後数日続いた大火災も東京大空襲も、無事にやり過ごしている。

山王稲荷神社なんて、明暦の大火(1657年)で焼けたのを再建して以降だ。

ちなみに、最近超パワースポットとして取り沙汰される日本橋小網神社昭和4年(1929年)の造営で、空襲は免れている。小野照崎神社を含む上記の社殿は江戸時代の建築だから、それらに比べるとずいぶん築浅に思えてしまうが、古墳を作る時代からの歴史を勉強している日本人の感覚がおそらくどうかしている。あれだな、京都の人の「明治の頃からのお店なん?最近始めはったんやねえ」っていう感覚。先の大戦応仁の乱という。まあ京都以外の日本人だと応仁の乱はさすがにないけどな)

 

鳥居をくぐると、すぐ左手に御嶽神社三峯神社琴平神社のお宮があるが、

まずは拝殿にお参りしてご挨拶。

古い社殿の数々の彫刻は、なかなかの見応え。

社殿の左にドデンと富士塚。でも入れない。

ホームページによると、夏越の祓の当日と翌日の2日間しか登れないとのこと。

富士塚の門の両側にいたのが、狛猿。

社殿のほぼ向かい側にある庚申塚に、道開きの猿田彦命がお祀りされているとのことだから、何か関係があるんだろうか。

それから、境内の隅に稲荷神社・織姫神社のお宮。

全体的に広くもなく狭くもなく、ベンチもあって適度に歩き回れる神社だという印象だ。

参拝客も、特に多くはないが途切れず訪れる。

末社も一通り回って、ひとまずベンチで休んだ。

拝殿の彫刻をもう少しゆっくり鑑賞したくて、

でもずっとウロウロしていたら他の人がお願い事をするのに邪魔になってしまうので、

参拝の人がいなくなるタイミングを見計らっていたのもある。

 

しばらく待っていると、参拝客が1人もいなくなったので、

再度拝殿前に立ち、様々な彫刻を眺めていた。

すると、拝殿の扉がガラガラっと開いて、

職員さん2人が手前に横長の台を据え、奉納されたお神酒や何かなどを並べ出した。

単にお供えするならご祭神の近くに据えるような気がするので、お披露目も兼ねての位置なんだろうか。

そしてそのおかげで、拝殿の中を見ることができた。

想像より奥行きがあり、正面に白木の扉、両脇に武者の人形が控えている。

お供えを並べ終えた職員さんに、両脇はご祭神ですか、それとも随身様ですかと聞いたところ、

随身様です。ご祭神は真ん中の御扉の中にいらっしゃいますので。」

ですよね。ありがとうございます。

というか、その御扉を、祈祷をお願いしたわけでもないのに直に見せていただけたことになる。

粘った甲斐があったー!ありがとうございまーす!

で、何やらスッキリして神社を後にした。

 

小野照崎神社を訪れたかったのは、

ご祭神が元 人だったから。

菅原道真公は正にそうだし、天満宮や天神様は全国にあるほどお馴染みだけど、

元々人だった神様って、基本的に御霊信仰が土台にあると思う。

けど、小野篁公はそうではない。

京都の六道珍皇寺の井戸から地獄に行って、閻魔様の仕事のお手伝いをしていた話が知られている。

その人をお祀りした神社って、どんな感じなんだろ?と思ったのが、

訪れたかった理由である。

感想は、普通にお参りしやすい神社でした。

で、3次元ならではの理も教わりました。

「僕らはみんな生きている 生きているから・・」(『手のひらを太陽に』作詞:やなせたかし

ということである。

 

入谷での寺社巡り、確かにおそれいりました。

鬼子母神だけ、ちょっと心残りだったな~。

おそれいりやの 2

おそれいりやの 1 - 綴ルンです

入谷は昔からある町だからなのか、

大通りをはずれると細い路地が入り組んで、

方向感覚が失われそうに思える。

地図アプリを見ても道に迷う人間にとっては、

甘い判断で近道を狙おうものなら、遭難してしまいかねない。

少々遠回りでも、ここは分かりやすい道を行くのが無難だ。

て、急がば回れって一言で済んだね。

 

言問通り鶯谷駅の方向に進み、

根岸一丁目交差点を右折して、入谷口通りに入る。

しばらく行くと、通りの右側に『三面大黒天』の文字があった。

こちらも『下谷七福神』の1つのようだ。

三面大黒天?聞いたことがあるような。

そして何だかすごそう。ご利益とか。

次の目的地はまだ先だけど、ちょっと寄ってみよう

と、山門をくぐった。

お寺の名は 英信寺

浄土宗のお寺で、ご本尊は阿弥陀如来だ。

まずご本尊にご挨拶してから、

本堂の左側の建物にお祀りされている三面大黒天を拝観。

黒ずんだお姿は、思ってたより間近にいらしたせいか、迫力を感じる。

大黒様の笑い顔が妙にリアルで、そっくりさんを探したら実在するんじゃないかと思うほど。

その後ろの右から弁財天、左から毘沙門天が半身を乗り出すように現れるが、

それぞれ片手に持物があり、衣装も表現されているので、

三面というより三身一体大黒天という雰囲気だ。

それにしても、やっぱりどこか生々しい。

半分 物見遊山な気分だったのを見透かされたように思えて、

失礼のないよう丁寧にお参りした。小心者なのだ。

 

拝観中に何組か訪れる人たちがいた。

1人で来ている人もいたが、家族連れが多い。

行く先は本堂でも大黒天でもなく、

本堂の右側に広がる墓地。

そうか、と気が付いた。入谷を訪れたのは、お彼岸の週だった。

私も自分の縁のお墓参りしないとな、とその時は思ったのだが、結局行けなかったな。

たぶんお盆に行くから許されよ。

 

英信寺を後にして入谷口通りに戻り、先に進む。

根岸3丁目交差点を右に曲がってまっすぐ行くと、

左側に次の目的地があった。

小野照崎神社である。

 

続く

おそれいりやの 1

昨年、方位除の御札を知り合いからもらっていた。

八方塞がりではなかったのだが、

それにしては吉方位がなく凶方位ばかりだったので

気休めになれば、といただいたものだ。

手元に来たのは秋に入った頃で、

年の方位は立春から新たに変わるから、

いわば有効期限は節分までのはず。

が、そうは思っても1年足らず(というか半年もない)で返していいものか確信が持てず、

そのうち知り合いに聞こうと思いながら、立春を過ぎても放置してしまっていた。

聞くのをつい忘れちゃうんだよね。

先日やっと思い出して聞いてみたら、

やはり期限は立春までだからとっくに返していいし、どこか近くの古札納所でもいいという。

 

ではその御札がどこのものかというと、

入谷鬼子母神の御札なのだ。

近くの古札納所に納めるなら、お寺でなくてはならないが、

あいにく近くにお寺がない。

知り合いは、入谷鬼子母神が大好きで、

もう何十年も、何かというと足を運んで拝むほど、頼みにしていた。

別にその近辺の出身の人ではないのだが、

知り合いのお母上が通ってたから、自然と足が向くのだそうだ。

しかし私はこれまで訪れたことがないので、

じゃあお返しがてら参拝しようと、先月訪れた。

 

東京メトロ入谷駅を出て、入谷交差点の周りを見回すと、

いかにも寺院ですという高い建物がすぐ見える。

正式には真源寺といい、

入谷朝顔まつりの開催地とのこと。

敷地に入って右側に、『下谷七福神』の福禄寿も祀られている。

地元民らしき人たちが、やってきては鰐口を3度鳴らして手を合わせ、サッと出ていく。

外国人観光客も1組いたのだが、少し戸惑っていた様子。

分かるよ、私も戸惑ってます。

全体的に閉じられている感じで、どうしていいか分からない。

とりあえずお賽銭を納め、作法を知らないから鰐口を1度だけ鳴らして拝んだ。

で、古札納所が見当らない。

お堂とつながるように、隣に大きな建物があり、

勝手に入っていいものか迷っていたら、

中からお寺の関係者らしき人が出てきて、こちらを伺っていた。

もしかしたら、3度鳴らすのが作法の鰐口を1度しか鳴らさなかったから、不審に思って見に来たのかもしれなかったが、

きっかけができてこれ幸いと、御札を出して話しかけた。

そしたらその人、じゃあこちらでお預かりしますと返納する御札を受け取って、すぐに引っ込もうとするので、

あわてて御札のお礼はどちらに納めればよいかと聞くと、

正面の浄財箱にと、そそくさと答えて消えた。

なーんか・・・何なん?

本堂の扉もピッタリ閉じられてるし、

御朱印やお守りが欲しい人への案内も出てないし、

一見さんには取り付く島もない感じなのだ。

とはいっても、鬼子母神さんのせいではない。

そうしている間に何人も、近所の方たちだろう、やって来ては鰐口を3度鳴らして拝んでサッと出てる。

大切に信仰されているのだろう。

御札のお礼を納めて今度は鰐口を3度鳴らし、

改めてお礼を告げて、真源寺を後にした。

 

で、用事はこれで済んだのだが、

前もって周辺を調べてたら、

近くにもう1か所、訪れたい所があった。

古札納めが思ってたよりあっさり終わったので、

そちらへ向かうことにした。

 

続く

体育の授業なんだよ

やっと大掃除 - 綴ルンです

でやり残してた玄関の表札と自転車の汚れを、

やっとこさキレイにした。

3か月ほど経って、ようやくだ。

『明日できることは今日するな』って格言は、

どこの国のだっけ?

だからダイエットは永遠に始められないんだね。

でもそこまでのつもりもなかったわ。

 

始める前までは億劫なのに、

いざ始めてしまえば、すんなり集中してむしろ楽しく作業をこなせて、

終われば義務感から解放されて気分がスッキリすることを、

私は『体育の授業』と呼ぶ。

体育の授業、好きではなかった。

運動が苦手とか大嫌いとかではないけど、

(体操着のブルマーを履かなければならないのは超絶心底嫌だった。真夏でも下はジャージがよかった。今は男子も女子も短パンなんだね。いいことだあ うらやましいよ)

準備がとにかくひたすら面倒くさい。

まず更衣室に行って着替えなきゃいけないし、

それで体育館か校庭まで移動しなきゃいけないし。

前の授業が押して終わるの遅かったら焦るんだよ。

遅れたら体育教師は理由も聞かずメッチャ怒鳴るしさあ。

だけど、授業で運動やら球技のチーム対抗戦やら始まると、

つい夢中になるんだよね。

運動会や体育祭の練習で、ダンスの振りを覚えるのも楽しかった。

単純だから、他のこと考えなくなるせいかも。

 

やらなきゃならないのが分かってても、

どうにも腰が重い時に、

「あー、体育の授業だよ」とつぶやいて、自分を動かすことがある。

つくづく面倒くさがりなんである。

体育の次の授業が、教室移動のある音楽や美術や家庭科だった時よりラクなのにね。

あれはキツかった。クラスの女子全員ダッシュで戻って着替えてた。

「時間割マジ鬼じゃん!しんじらんなーい!」って

毎回新鮮な怒りで文句言ってたな。

そうでなく、次が休み時間とかの余裕がある時は、

特に夏場はみんな好きな制汗剤持ってきてて、

のんびり着替えながらあっちでプシーこっちでプシーとやるもんだから、

いい匂いなんだけどちょっとむせたりしてた。

 

で話を戻して、やり残してた掃除をやっと終えたのだが、

大掃除のブログの後しばらくは、確かに面倒で腰が重かった。

腰の重さと先延ばしグセは、とっても仲良しでほぼセットだ。

が実は次第に、翌日でもできるからと先延ばしにしてた、というより、

やろうと思っちゃ忘れる、の繰り返しだった。

ある時ふと思い出して、時間あるから今やろう と雑巾をひっつかみ、

両方を勢いで掃除したのだ。

だから『体育の授業』をし損ねる時期を過ぎてから、

『思い立ったが吉日』で できたかな。

時と場合と気分によるから、どっちが出るのか分からない。

どっちでもいいか。最終的にやれるなら。

暖かいつーか

あっついじゃん今日!

春って外の気温より家の中の方が冷えがちで、

出かける時にそれを忘れて薄手のコートを羽織って出て行ったら、

しばらくしてから大きな荷物に早変わり。

まんまと太陽に脱がされたわ。

 

風のにおいはすっかり春で、

野原をモンシロチョウが飛び回っていた。

木陰を歩いても、まだ蚊が出てないのは助かるな。

天気予報では日本中が黄砂に覆われるとのことだったけど、

鈍感なのか、感じなかった。

 

とにかく日差しが強くって、

帽子をかぶってくればよかったよ。

サングラスはこれから手放せない。

手袋はもう着けられない。

となると、UVカットのクリームを用意しなきゃ。

顔は、化粧下地やファンデーションにUVカット機能があるからいいけど、

手の甲には塗っておかないと日焼けしちゃう。

ハンドクリームにもUVカット機能があればいいのに。機能付きのあるのかな?見たことないけどな。

手のひらにはメラニン色素が無いから無意味かな。

 

今日は巳の日だったから、

隣町の弁天様へお参り。

金運向上をお願いした後は、

次の目的地のショッピングモールの、

某菓子問屋で爆買いだ。

節約せんのかーい!

金運向上をお願いしたそばからお金使ってるよ。

だって菓子問屋なんて気分上がりっ放しじゃん、

私にとったらネズミのテーマパーク並みに夢の国だぜ。財布も緩むってもんだろう。

スーパーマーケットとは違う種類の興奮が。

ああ楽しい ♫

 

帰りがけに訪れた公園では、

香りの強い、白い桜が満開だった。

一緒に葉っぱもちょっと出る品種。

いつもなら、公園の中心の枝垂れ桜の大木が、

一足先に花の盛りを告げるのだが、

今年は枝につぼみも見当たらなくて、

幹が割れて樹皮がめくれてしまっているから、

もしかしてもう力がないのかも、と思っていた。

そしたら上の方にチラホラと、

花が開いているのが見えた。

よかった!枯れていなかった。

前のように降るような花は咲かせられないかもしれないけど、

生きていてくれるなら、それでいいよ。

 

そしてここまで、ずっとやや暑。

こんな日は絶対うまいでしょ、ビール(発泡酒)!

というわけで久しぶりのアルコールに、

へれへれしながらブログ書いてます。

穏やかながら欲全開、平和満喫の1日でした。