病院の待合室でのこと。
大きな病院だから、患者も職員も多い。
診察の後、すぐに会計ではなく、
看護師や事務職員から、処方薬の説明や次回の診察予約など、説明を受けるから、
診察の前も後もとにかく待たされる。
その診察後の説明をするのに番号や名前で呼ばれるのだが、
広い待合室には患者が多いし、離れた所に座ってる人もいるしで、
スタッフが探すのに時々難儀しているのを見る。
声を出して返事をしてくれれば分かりやすい。
ハッキリと手を挙げてくれても分かりやすい。
が、「手を挙げてるのに気付かない」と声を荒らげた老人がいた。
その老人は私の前に座っていた。
けど私にも、呼ばれていたのがその老人だとは気が付かなかった。
手、挙げてた?
呼んでた看護師が気付かず奥に戻ってしまったところで、
ビックリするような大きな声で
「オイ!手挙げてんだろ!」
そんな大きな声が出るなら、呼ばれた時に最初から返事すりゃいいじゃん。
看護師が戻って謝るも、なお責め立てる。
こっちは手を挙げてたのにどこ見てんだ、ちゃんと注意して見ないからこっちが困るんだ云々。
看護師はとにかく謝って、老人に確認したいことを話すのだが、
そのやり取りが、聞いてて看護師が気の毒になってしまった。
老人は、別の病院で人工透析を受けていて、その後に入院するようなのだが、
「入院対応の準備でお聞きしますね、いつもこちらまで来るのにどのくらい時間かかりますか?」
「分からない」
「交通機関は何で来られてますか?」
「その時によるから決まってないから分からない」
「一番かかって何時間くらいとかの目安だけでも」
「だから分からない。先生はいつ来てもいいと言ってたんだ」
「診察はそうですね。ただ入院のお部屋の準備は担当が違うので、すぐにお部屋に入っていただけるようにする調整のために、そっちに伝えておかなければならないんですよ」
「調整なんてのはアンタたちのやることでしょう。それがそっちの仕事でしょ。分からないから合わせようがないのに、何でそっちの都合に合わせさせようとするんだよ。私は間違ったこと言ってますか?とにかくいつ着くなんてその時じゃないと分からないんだから、そう言っときなさいよ。先生はいつでもいいと言ってたんだ。」
のような会話を、広い待合室の隅々にまで聞こえそうな大声でしていた。
看護師は、笑顔と物腰の柔らかい態度を崩すことなく応対していて、
最終的に「分からない」ことを担当部署に伝えると言って下がっていった。
公衆の面前で罵倒されたに近いのに、
看護師は表情も態度も声音も、不快さを微塵も表さなかった。
どんなメンタルだろ。経験値のなせる技かな。
いちいち腹を立てていたら身が保たないから、何か線引きとか切り替えとかしてるのか。
無関係のこちらが聞いててムカッ腹立ったのに、
お見事な応対に、敬服してしまった。
人工透析は、だいたいかかる時間が決まってるから、大まかにならむしろ時間の計画立てられそうなものだけど、
そこまで追及しないあたりも。
だけどその老人、何でそんなにエラそうなんだろ。
相手が自分のためにいろいろやって当たり前、と思うんだろうか。
前に町医者にかかった時、待合室に院長の言葉が掲げられていたのを思い出した。
語句までは覚えていないが、内容は
『良い医療には、医師の知識と技だけでなく、患者の協力も欠かせません。より良い治療を目指して、共に歩みましょう』
というもの。
協力といっても、医者の言いなりになれということではなく、
分からなかったら質問して、お互いに納得のいく方法を探る とか、
時には委ねる とか、
注意事項は守る とか、
その場にもよるし、多岐にわたることだろう。
けど、その文句老人には、
そういう様子が皆無だったんだよなあ。
患者様はお客様で神様です、みたいな。
自分が病院のためにすることなんて、何一つない って感じで。
患者は患者で、客じゃないじゃんね。
診てもらわなきゃ困るのはこっちなのにね。
でももしかしたら、そういう勘違いしたお客様患者はけっこう多いのかも。
だとしたら医療従事者の皆さん、
本当にお疲れ様です。
まあ、居丈高な医者もいるからドッコイかもしらんけど。
先の文句老人は、またお呼びしますと言われて
引き続き待合室で待っていた。
そして再び呼ばれた時に、また黙ったまま手を挙げていた、のだが、
その手の挙げ方が、胸元で手のひらを見せるだけ。
腕が上がらないわけじゃない。座ったまま、肩と同じくらいの高さで杖を振り回してたから(車イスの人も通るのに危ないったら)。
なのにそんなにちんまりとした手の挙げ方って、
どこかで見たなと思ったら、
授業中先生に指されたくないけど一応手を挙げる35年前の女子高生と同じだよ。
そして、呼んだのはさっきと別の看護師だったが、
またもや気付かれず、激オコなのだった。
そりゃーアンタ、分かりませんて。